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【2026/06/10 13:40 】 |
田中慎弥さん芥川賞贈呈式、会見に磨きがかかった!!

1月17日の芥川賞・直木賞の受賞者発表と記者会見を受けて、2月17日に
芥川賞・直木賞の贈呈式が行われましたね。

贈呈式に続き、待望?のご挨拶が、芥川賞の円城塔さん、田中慎弥さん、
直木賞の葉室麟さんの順で行われました。

円城塔さんは、
冒頭、関係者へ感謝の言葉がありの2~3分は話すようにと言われているので・・と
言いつつ、メモを取り出し見ながらのご挨拶、受賞をきっかけにして
何かを攻める方向へ持っていければ・・・・。と、今後の方針と決意について
述べておられましたね^^。

”ありがとうございました。続いて田中慎弥さん、受賞の言葉をお願い致します。”

「どうもありがとうございました」・・・・

<二歩下がって深く一礼!し、降壇>

”万感の思いが込められていました”・・・・、と、司会者が受けて直木賞の
葉室麟さんの紹介がありました。

葉室麟さんは、やはり前談を受けて、
宿命的に田中さんの後(順番)になるので、挨拶の内容を大体ある程度考えて
あるんですけれど、ここに上がる瞬間にそれをチャラにしないといけない。
非常に大変なんですけれど、目が無いで頑張っていきます。・・と
挨拶の本題に入って行かれました。

田中慎弥さんの「秒拶!?」、それを直ちに受ける司会者の言葉、このやり取りの
後に登壇する事になる、葉室麟さんの受けての言葉、

とても和気あいあいの部分と、かなりの緊張感も感じられる、
素晴らしい会見でした。。



 

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120217/bks12021720330000-n1.htm
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【2012/02/18 10:50 】 | 芥川賞・直木賞の贈呈式
芥川龍之介賞って!?

芥川賞とはフルネームでは芥川龍之介賞と言うんだってね~~
文芸春秋社の菊池寛が、1935年(昭和10年)に芥川龍之介を記念し
創設された文学賞なんだそうで、

対象となるのは「純文学」として文芸誌、雑誌、新聞等に発表された
中から、無名・新人作家の作品が選ばれる事になっているようですね。。

そして、今回の田中慎弥さんの「共食い」は第146回芥川龍之介賞
となるが、毎年上期、下期の2回に渡って選考会が開かれ
受賞が決定されている、という事です。

ちなみに、1935年(昭和10年)上期の第1回芥川龍之介賞は、
石川達三の、雑誌星座に掲載された「蒼氓」(そうぼう)で、
同年下期の第2回は該当者なしとなっています。

田中慎弥さんの場合他にも数々の受賞がありますが、
芥川龍之介賞候補に上ったのが、

2007年(35歳)の第136回に「図書準備室」で、
2008年(36歳)の第138回に「切れた鎖」で、
2009年(37歳)の第140回に「神様のいない日本シリーズ」で、
2011年(38歳)の第144回に「第三紀層の魚」で、

そしてこの度の、
2012年田中慎弥(39歳)第146回芥川龍之介賞「共食い」
を受賞するに至ったんですね^^。

この経過だけ見ても、大変な力強さを
感じさせてくれると思うんです!


【2012/02/14 13:20 】 | 芥川龍之介賞
田中慎弥さん、人気に力強さ現る!

1月17日の受賞会見で多くの人を引き付けてしまった!
「なんか気になる人!?」となってしまったのではないでしょうかね!?

初版が3万5000部であったものが、受賞会見以来1月31日には一気に
18万部に達するスピードぶりを見せていて、しっかりとした力強い
人気として定着しつつあるように感じさせている。

2月6、7日の二日にわたって、東京都内の書店にてサイン会を
開催し大盛況だったようですね~~

集英社は2月9日、田中慎弥さんの第146回芥川賞受賞作「共食い」の
発行部数が20万部(6刷)となった事を発表しました。
勢いがあります!!

就職だけでなく、アルバイトさえ経験が無い。
20歳頃から小説を書き始め、1日も休まずひたすら書き続け
2005年33歳になって「冷たい水の羊」でデビュー、みごとに
新潮新人賞を受賞したんですね^^。

そして、パソコン?、携帯?、全く必要を感じていません!・・
と言いつつ、正に田中さん流で書き続けてきて実績を
作り続けてきましたね^^。

今後、延長線上で一段と力を発揮していくのか、大きな
変化を見せて行くのか興味があるところです。。


【2012/02/11 10:58 】 | サイン会
東日本大震災の、「共食い」執筆への影響なし?

中慎弥さんは、2012年1月30日に産経新聞に寄稿し
作品の執筆と、東日本大震災との関係について率直に、そして
極めて素直に次のように語っている。以下要約文


「共食い」という作品を書き始めたのは、東日本大震災が
起こる前かどうか正確には覚えてないそうですが、昨年の相前後した
時期だったそうです。

そして、当時は月刊誌への連載を持っていて、若干の不安感を
持ちながらも、時には担当編集者に待って頂くよう頼んだり
しながら、書き始めてきたのだそうです。

そして、3月11日の災害発生時には、テレビを見て驚いたが
映画のようだとは思わなかった。かといってその圧倒的な
出来事を肌で感じることは出来なかったとの事。

海は近くにあるものの、山口県に住んでいることより
直接的な被害はない事で、やはり実感を持てなかった。
と素直に語っています。

それで、次の日からは時々テレビを見て、あとは仕事をする
という状態になった。

政治家、マスコミ、芸能人、作家達も被災地に入っていく中
「私は動かず、物になるかどうか分からない小説の仕事を続けた」

と言っていて、

「自分のことだけを考え、他のことをほとんど頭に入れずに、
虚構の世界を作り上げていった。罪悪感は持たなかった。」

とも言い、そして、

「仕事やめようと思わず、むしろのめり込んだ。喜びさえあった」

更に、言って、

「震災が起こらなくともきっと同様だった。あの大震災は私の仕事に
ほとんどなんの変化ももたらさなかった」・・・

とまで、大変率直に言っています。

この寄稿文では、田中さんの作家活動に全く影響を及ぼさなかったと
言い切っていますが、特に「むしろのめり込んだ・・」の下りから
感じられるのですが、かなり強い影響を受けていたように思いましたね。。

そして、芥川賞受賞にもつながったんではないでしょうか!!


http://sankei.jp.msn.com/life/news/120130/art12013007310001-n1.htm
【2012/02/03 10:55 】 | 産経新聞への寄稿
過去の全てが、田中さんの作家活動にとっての宝物

1972年11月29日生まれの39歳、出身は山口県下関市で
山口県立下関中央工業高等学校を卒業以来、アルバイトも
含め職場で働いた経験が無いんだそうですね、

4歳の頃に父を亡くし、母親との二人暮らしであった。
どんな人の人生も色々なことに影響を受けるものです、田中さん
の場合も、幼くして母親との二人暮らしの影響は小さく
なかったに違いありませんね。

作家になった事、なることが出来た事自体もそうでしょうし、今後の
作品の内容にも一定の作用をしていくんでしょうね。という事は
過去の出来事の全てが、宝物になってしまうのではないでしょうか・・・



 

【2012/02/01 17:53 】 | 作家活動への道
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